2011/02/25

議論

やはり議論することは重要だ。特に双方の見解や意見、立場が異なるときほど、スリリングで楽しい。また自分自身が気づかないことに気づくという意味でも。先週末の来客二人とは、そんな感じの議論が今後もできそうで楽しみ。

今僕は日本のプロジェクトと同時にzwolle市で行われる新しいコンペに取り組んでいる。(他には実施設計段階のオランダの歩道橋。)コンペは来週が締め切りなので結構バタバタしている。休暇で日本に戻っていたので、途中からチームに加わったが、ローランが香港出張でいないこともあり、細部の意匠は僕の方でもデザインした。日本のプロジェクトもこのコンペもどちらも面材としてのスチールの使い方にポイントがある。クノッケ以降の傾向でもあるのだが、面材としての可能性を追求している感があり、このことによってユニークな「かたち」や新しいディテールを生み出されている。

そういえば、昨日僕が調べようと思っているテーマに関する本をもらった。彼女は以前までフラマン語圏の建築協会のチーフだった人で、今年からNEY事務所のPR部門を担当している。ベルギーの建築界に詳しいので、人も紹介してくれるようだし、資料収集もアドバイスをくれるそうなので非常にありがたい。

このところ文字ばかりなので、次回は、年始のスペインの写真にしようかな。

2011/02/23

思考と設計プロセス

メモ。
ローランネイの思考を最も良く表すプロジェクトは、Knokke Footbridgeである。ここからEsch FootbridgeやSpoor Noord、Footbridge Fransmanなどのモノコックな歩道橋のシリーズへとつながっている。部材構成を極限にまで切り詰めて、スチールを面材として扱っていく。ここにはシンプルさということと同時に、接合部をなくすことによるメンテナンス面への考慮もある。また、これらのプロジェクトには装飾性という要素が備わっている。しかも装飾は、表層に付加されたものではなく、構造と一体となって存在している。

設計プロセスということとなると、College Bridgeに始まるform finding processから形態を見出す、Ring Antwerp、Hiroshima Footbridgesのシリーズによく現れている。様々な条件をバランスさせながら、構造的な解へと繋げていくプロセスを経ることでこれらは生まれる。構造を追求しつつも、条件のバランスの上に成り立つ構造解。

まだ上記は整理して考えていかないといけない。とりあえずのメモ書き。

2011/02/22

形態と構造

昨日考えたことのメモ。構造を突き詰めていった先の形態。構造とその他の無数にある要素をバランスさせた形態。この2つ、双方ともに魅力的であり危険な部分もあるのではないかということ。前者は新しい構造システムを生み出す可能性があるが、同時にあまりに専門的であるが故に最終的なかたちが、専門外の人まで引きつける魅力を持ち得ないこともある。後者は多くの人と共有されうるかたちを生み出す反面、多くの要素のバランスであるため形態と構造との関係が完全に一致しにくくなる可能性がある。

両者とも違った観点で知的欲求を満たす要素を持っている点で、専門の領域では議論を生み出す良い対象であると思う。しかし最終的には理屈ではなく心を打つかどうかだと思っているので、実際に現物をみて考えていく必要がある。形態と構造の一致ということはエンジニアの世界では自明のことのように言われてきたが、一致の程度という観点をみていくと現代の橋梁デザインを記述していけるような気がする。

この2つに関しては、スイス、スペイン、フランス、オランダで橋梁を見てきてもさほど意識的にはならなかったが、昨日のドイツとオランダからの来客と話してから、ぼんやりと頭の中に浮かび始めた。どうもドイツで橋梁を実際にみる必要がありそうだ。