2008/06/13

アントワープ

アントワープ。
学生の頃、ちょうど王立アカデミー出身の服飾デザイナーたちが世界中で紹介され、この街は一気に有名になった。建築学科時代、建築よりも彼らの創り出す服の方に僕の興味はあった。ファッションは音楽ととも非常に近い。ミュージシャンにインスピレーションを得て創られるコレクションもあるくらいだ。

建築はどこか重たく、ちょうど僕らの学生時代は、マックを使ったプレゼンが学校でもはやりだした頃でもあったせいもあり、実際にモノとして出来上がっていく際に生じる重たさや、イメージとのギャップに、いまいち物質として存在するということに興味を持てないでいた頃のことを、この街に向かいながら思い出した。今は、モノとして存在する構造物を創ることを求めて、この頃とは違った思考のもと、ベルギーにいる。

ブリュッセルから鉄道でアントワープへ向かう。列車は1等と2等があり、2等車でも十分きれいで快適だ。往復でチケットを買うと一人7ユーロ。急行にも乗れる。ブリュッセル市内を抜けて北上していくと、周囲はあっという間に田園風景。牛や馬のいる牧草地帯になる。1時間ほど鉄道に乗るとアントワープ中央駅につく。中央駅は最近改修が行われ、モダンな改修部分に列車は到着する。

あまり情報もなく訪れたのだが、駅構内のサインがかっこいい。機能的でなければならないということを逆手にとって、非常に大きなピクトやパターンが空間の中に施されている。しかも、コンクリート面に型抜きされたピクトや、電工表示板の色、大きく単純化された行き先案内など、非常にインパクトがありグラフィカルな空間だ。

既存の駅舎は石造りの部分と軽やかな鉄骨造の部分からなり、これらと非常に対比的な創られかたになっている。これは建築的な要素というよりグラフィックの影響でそう感じるのだと思う。鉄骨造の部分は、アントワープは重工業や造船の街としての歴史があり、おそらくその時代のモノだろう。時代ごとのレイヤーが重ねられている。今の事務所の仕事での鉄工メーカーはアントワープの会社がいくつかある。鉄の街なのだ。

着くなりグラフィカルなピクトの使い方に興奮し、同時に鉄の匂いを感じさらに魅せられたのだと思う。ファッションの街としての顔をもったアントワープの駅舎としては、こういう改修の在り方もありだと思う。

またさらによく見ていくと、グラフィカルなサイン部分以外(駅構内の時計や何気ない壁面など)は、シンプルで上品に作られている。全体としては様々な時代がミックスされ混在しているという印象だが、シンプルで収まりよい在り方よりは、この街にあっている気がする。機能的なグラフィックの持つ表層性の軽やかさと、それとは別の位相にある中世の装飾と19世紀の鉄から受ける歴史の意味からくる重たさの対比を、ここを訪れる人はどう感じるのだろうか。

まだうまく整理がついていないが、ファッションや音楽やグラフィックのもつ軽やかさと、構造物の圧倒的な物質としての存在感、相反するこれらの関係について、考えなくてはいけないと思う。

建築的な空間の価値と、たとえ表層的であったとしても(実際はそうではないものもあるが)人を魅了するファッションや音楽、グラフィック。そんなことをアントワープで考えていた。パリで感じた歴史との関係とは、また違った在り方をみた。今という新しい歴史を書き換えるような構造物の在り方もある。